カンボジア好き集まれ!
Google
Web locomo cambodiawatch
トップ プノンペン シェムリアプ その他の州 コラム 特集 生活情報 旅行 ビジネス CW編集部
 ニュースカテゴリ−
 社会
 政治
 経済
 法律
 三面
 日系
 生活
 特集
 芸能
 情報
 国際
 スポーツ
格安カンボジアホテル予約
シエムリアプ(アンコールワット)
プノンペン
シアヌークビル
カンボジア旅行予約
カンボジア旅行のことなら、ロコモトラベルにお任せ!
LOCOMOTravel
カンボジアビジネス支援
・外資100%現地法人設立
・カンボジアへの視察
・事業化可能性調査
 カンボジアビジネスは弊社にお任せ下さい。ロコモはカンボジアにおいて1996年より、投資サポート・輸出入物流・生産受諾・ITプロジェクト・取材コーディネート・広告代理・旅行といった様々な事業を行っております。培ってきた当国との信頼関係を背景に、日本との更なる経済関係発展を目指します。
LOCOMO CO.,LTD.

トップニュース一覧
[三面]市警撤収と橋封鎖が事故原因かとの指摘も カンボジアウォッチニュース
2010年11月24日

水祭り最終日に起きた、22日晩のペッチ島への吊り橋での「将棋倒し事故」は、将棋倒しなどという生やさしいものではなく、文字通り「人の山」が築かれていたことが、インターネット上にアップロードされたりテレビで放映されていたりする現場映像から明らかになりつつある。映像には、おおぜいの下敷きになり、うめき、助けを求める瀕死のおおぜいの人々の様子が生々しく映しだされている。

折り重なってうめく人間の山。恋人をそこからひっぱりだそうと必死な恋人。悲鳴、怒号。

「ジ インディペンデント」紙は、下敷きになり病院で手当を受けているムアン=ピセットサトヤーさん(15)の証言を報じた。「息ができず死ぬかと思った。皆、息をしようと身体を浮かそうとしていたが、誰も息はできなかった。警察が助けに来るまで2時間かかった。その間、誰も身動きが取れず、誰もが死にそうだった」。

「ジ インディペンデント」紙は、あるプノンペン市民の声を報じた。「本土からペッチ島へは橋が2本しかない。おおぜいがそこを両側から通ろうとする。警察はそれを制御する基準を持たない。あれではいずれ事故が起こると私たちは話していた」。

おおぜいの家族や友人が23日一日、水祭りへ行って行方の知れなくなったひとを求めて市内の各病院をめぐった。病院は収容能力をはるかに超え、病室に収まりきらない負傷者が廊下やロビーなどにあふれかえっている。

病院にはおおぜいの遺体も収容されている。病院の前には、その死亡者の膨大な顔写真が並べて掲示されてており、おおぜいの人々がそれを見ている。写真の多くは眼を閉じられているが、中には眼を見開いたままのものもある。

「BBC」によれば、ドーンさんは弟の写真を求めて市内のすべての病院を回ったが、見つからないという。それは弟がどこかで生きていることを示しているのか、それともまだ遺体が川の中にあるのか、ドーンさんにはわからない。

市内を走る見慣れない軍用大型トラックを見ると、市民は一様に複雑な表情を浮かべる。中身は遺体群である可能性があるからだ。跳び上がって中をのぞきこもうとする者もいる。

23日、惨事の現場となったペッチ島の橋は警察により封鎖されていたが、その前まで来て弔意を示す人々の姿が見られた。

「BBC」によれば、カンダール州から花やろうそくを供えに来たスレイルッチさんは「亡くなった方を悼み、負傷した方を慰める気持ちを示したい」と語った。

「npr」は、病院で手当を受けているソーム=サラットさんの証言を報じた。「『橋の東側が壊れるぞ! 西側へ逃げろ!』と誰かが叫んだ。しかし西側からはどんどん人が入ってくる一方だった。私はその間に閉じ込められてしまった。人々が次々折り重なってきて、私の上には30人ぐらいの人々が乗った。苦しくて何度も気を失いかけた。水をくれた優しい人々がいた。とにかく生き延びようとがんばった」。サラットさんは、遺体を含むおおぜいの人々の下敷きとなり、救出まで3時間そのままだったという。橋の東側は島側、西側は本土側にあたる。

惨事の現場となった橋は、ペッチ島の開発を担うカナディア銀行によって建設されたもので、かろうじて2車線しかない、非常に小さな橋である。見るからに仮の橋で、ペッチ島の大々的な開発状況に見合ったものとはとてもいえず、「まさかこの箇所をもっと幅広くしないまま水祭りイベントをペッチ島側でも行うとは思わなかった」との声もある。

カンボジアのテレビ局「CTN」・「バイヨンTV」では事故特番が生放送され、犠牲者のための募金を広く募っている。番組によれば、多くの募金が全国から集まりつつある。水祭りという全国参加のイベントがはからずも生み出した国民の一体感と言えそうだ。また、従来の、人から恵んでもらうことばかりを考えているというカンボジア人のイメージにも、変化が表れてきた兆候といえるかもしれない。

また、カナディア銀行は死亡者1人あたり1,000ドルの見舞金を贈ると番組で報じられた。これが、フン=セン首相が発表した「死亡者1人あたり1,250ドル」の見舞金の一部分を構成しているのかどうかは目下不明だ。

「npr」によると息子を事故で失ったスヴァーイ=リエン州のブルンさん(47)は、息子の遺体を引取りに上京するために借金をしなければなかった。1,250ドルを受け取りたいが、どこへ行けば受け取れるのかわからないという。

ペッチ島では水祭り期間中、さまざまやコンサートのほか、日本のプロレスラー4人による興業も行われた。

ソック=アーン副首相は、法医学検査分科会(モーム=ブンヘーン保健相)・遺体負傷者身元確定分科会(ウット=ソムヘーン社会福祉退役軍人青少年更正相)・調査分科会(プルム=ソカー内務省長官)の3分科会から成る事故調査委員会が設立されたと発表した。

キエウ=カニャルット情報相は、過去の事故の経験から「我々は水上の安全確保に集中していた」と語り、陸上の群衆の制御についてはおろそかになってしまっていたことを示唆した。

ペッチ島への橋は、プノンペン初の吊り橋であり、また水祭り期間中美しくライトアップされていたことから、吊り橋の上にいること自体が、訪れた人々の愉しみとなり、それが橋の上に必要以上に人々を集めてしまった可能性がある、と情報相は推測した。また、吊り橋は揺れるものだということを知らない人々が揺れに驚き、橋が壊れると口走ってしまった可能性があると述べた。

事故の映像には、被災者を助け出し遺体を運び出す警察官の姿が映しだされているが、それはほとんどが軍警察であるように見えると指摘するウォッチャーもいる。本来、会場の交通統制はプノンペン市警察の管轄である。「コンサートも終わり、あとは人々は帰宅するだけ。私たちの職務は車両進入規制。歩行者には三々五々帰ってもらえばいい」と、水祭りに関連した連日の緊張した勤務の最後に警官たちが考え、現場を撤収してしまった可能性は、「日頃の警察の様子からして大いにありえることだ」と在住者は語る。例年水祭り期間中、車両が入ってはいけないとされている場所にも警官がおらず簡単に入れてしまう。「今年も水祭り初日にそのようにして自動車でリバーサイドへはいれてしまった」との証言もある。

現場を取材した記者によると、事故直前、橋の両側が封鎖されたという情報がある。しかし封鎖を乗り越えていく人々が後を断たなかったという。惨事の現場となった橋は、もう一つの橋とはかなり離れている。もう一つの橋はあまり知られていないうえ、都心へは向かわない。オートバイでもかなり時間のかかる大回りになり、ひとけもない区域を通ることから、全員が徒歩であった参加者たちが、夜の帰り道を急ぐとき、惨事の現場となったこの橋に集中することは避けられない。これが人の集積を加速させた可能性もある。また、カンボジアには、夜間は現場から高官への連絡がはばかられる風土があるといい、これが現場どうしでの判断を余儀なくさせ、ミスにつながった可能性もあると、政府関係に詳しい識者は指摘する。

関係者によると、日本大使館では23日一日、在留届提出者個々への安否確認と、市内各病院を訪問して外国人犠牲者がいないか直接問い合わせする作業に追われた。

カンボジア日本人会は、24日朝9時半に事務局上村未来氏の名義で会員にあて「この事故で、日本人会会員の皆さまの関係者で 被害に遭われた方がいらっしゃいましたら ぜひ役員の方にご一報くださいませ」と記したメールを発出した。

水祭りには、カンボジア全国から多くの人々が参加する。人々の故郷では、まだ人々が事故に巻き込まれたことを知らないひとが23日時点では大半であったと推測され、息子や娘が予定を過ぎても帰ってこない今日24日時点になって始めて、真の身内の悲しみが全国を覆っていくに違いない。

2010年11月24日
カンボジアウォッチ編集部

Copyright 2007 Cambodia Watch, All rights reserved.