カンボジア好き集まれ!
Google
Web locomo cambodiawatch
トップ プノンペン シェムリアプ その他の州 コラム 特集 生活情報 旅行 ビジネス CW編集部
 ニュースカテゴリ−
 社会
 政治
 経済
 法律
 三面
 日系
 生活
 特集
 芸能
 情報
 国際
 スポーツ
格安カンボジアホテル予約
シエムリアプ(アンコールワット)
プノンペン
シアヌークビル
カンボジア旅行予約
カンボジア旅行のことなら、ロコモトラベルにお任せ!
LOCOMOTravel
カンボジアビジネス支援
・外資100%現地法人設立
・カンボジアへの視察
・事業化可能性調査
 カンボジアビジネスは弊社にお任せ下さい。ロコモはカンボジアにおいて1996年より、投資サポート・輸出入物流・生産受諾・ITプロジェクト・取材コーディネート・広告代理・旅行といった様々な事業を行っております。培ってきた当国との信頼関係を背景に、日本との更なる経済関係発展を目指します。
LOCOMO CO.,LTD.

トップニュース一覧
[三面]「因果応報、会社に起きるべきだった」元住民 カンボジアウォッチニュース
2010年11月29日

カンボジアの首都プノンペンのペッチ島で、水祭り最終日の22日晩に起きた圧死事故について、かつて長い間島に住んでいて2005年に強制的に立ち退かされた元住民たちは口々に、当然の報いと語った。「ザ プノンペン ポスト」紙が29日付で報じた。

元住民のキエウ=ブントゥアンさんは、事故の原因はカルマだと述べ、「あの方々が亡くなったのは不当だ。だが彼らの死は、会社のペッチ島住民に対するかつての行いへの報いだ。だから彼らの計画は問題があったのだ」と語る。

元住民のサウ=ハックさんは、強制立ち退きを振り返り、「彼らは村人を脅し、警察に村を取り囲ませた。私たちの電気まで止めてしまった」と述べるとともに、今回の事故について「会社に起こるべきだった。あの方々にではなく」と語った。

かつてペッチ島には300戸の農家があった。チュム=ソムウアンさんは、ポル=ポト政権崩壊直後の1979年、この島に居を構え、近郊果物農家として暮らしはじめ、いつか島の長老となった。

1984年、村人たちは資金を出し合って島に寺を建てた。木造の小さな建物だった。ソムウアンさんの家はその隣にあり、村人たちはさまざまな相談事にやって来た。亡くなるひともあった。そんな時ソムウアンさんは、村の人々を連れて寺へ赴き、ともに祈るのが常だった。島には全部で3つの寺があったという。

26年が過ぎた。2004年、住民たちは島の開発のため立ち退き対象となった。交渉は決裂し、2005年、7NGグループをはじめとする開発業者の意を受けた政府の制服の集団がやってきて家々を打ち壊した。ソムウアンさんは1平方メートルあたり8ドルの補償金を渡された。

ソムウアンさんは今回の事故について「私は信仰により、因果応報により会社に災いが降りかかったのだと信じている。なぜなら村人たちはここを去る際に、心の中で、会社が倒産するよう、開発計画が失敗するよう念じたからだ。なぜなら彼らは村人たちの土地を奪い、村人を叩き、脅したからだ」と語る。

島を開発しているカナディア銀行系の海外カンボジア投資社のトゥーチ=ソムナーン プロジェクト部長は、島にあった寺は1つしか知らないと述べた。今回の事故は報いかとの問いには「わからない」と答えた。木造の寺はすでに取り壊され、跡地には会社従業員によって石とコンクリートの灰色のほこらが建てられている。

フン=セン首相は、島の警備も担当している同社の事故責任を追求する構えを見せていた政府姿勢を29日一転させ、事故は政府の連帯責任であり、「歴史的教訓として銘記しなければならない」と述べるとともに、「この事故により罰せられる者は誰もいないと国民に宣言する」と結論した。

ソムウアンさんの7人の子のひとりチュム=ティダーさん(18)は、事故の起きた晩の22時半、最近架けられ事故現場となったペッチ橋の島側に5人の友人とともにいた。橋が異常に混んでいるのが見えたが、水祭りにはよくあることと考え、なんとか渡ってしまおうよと話していた矢先、一人の女性が目の前で「数百人が感電した」と叫んだ。実際にはすでにこの時点で圧死者が出はじめていたと推定される。

ティダーさんは2人の友人とともに人ごみを離れ、川岸の未舗装地に落ち着いた。そこは彼女が5年前に追い出された家の裏庭だった。

30分と少し経ったころ、橋から次々に人が飛び降りはじめた。複数の舟が川を行き来して遺体を手あたり次第に引き揚げた。そこはティダーさんが子供のころ、学校へ通うために6人のきょうだいと一緒に毎日渡った場所だった。

まもなく、さっきまでティダーさんたちがいた場所におおぜいの警官が人垣を作り、まわりの人々を、死者351名・負傷者395名(29日の時点で)を出すことになる橋から切り離した。警察はチュム=セラーさんと5人の友人に、ここに留まれと命じた。13歳のときに言われたのとは正反対だなあと、彼女は不思議な想いで聴いていた。

2010年11月29日
カンボジアウォッチ編集部

Copyright 2007 Cambodia Watch, All rights reserved.